文字起こしの精度は何で決まるのか。ツールを比べる前に、ベンダー自身が書いていることを読む
「AI文字起こし 精度 比較」で検索すると、ツールを順位づけした記事がたくさん出てきます。 ただ、そこに並んでいる順位がどの音声で測ったものなのかは、たいてい書かれていません。
これは細かい話ではありません。 音声認識の精度は、同じツールでも入力する音声によって大きく変わります。 そして、そのことは第三者の指摘ではなく、ツールを作っている側が自分の公式ドキュメントに書いています。
この記事では、精度を左右する条件として各社が公式に挙げているものを、 2026年8月27日に読んで整理しました。 ツールの優劣はつけません。つけられるだけの実測をまだしていないからです。
読んだのは次の5つです。すべてベンダー自身のページです。
- Google Cloud Speech-to-Text「Best practices」(英語・開発者向けドキュメント)
- Amazon Transcribe「Data input and output」(英語・開発者向けドキュメント)
- Rimo Voice 公式ガイド「文字起こし精度を高める」「おすすめのマイクスピーカー」
- Notta 公式サイトのブログ「Nottaの文字起こし精度」
- OpenAI「Speech to text」(英語・APIドキュメント)
先に:ベンダー自身が出している精度の数字
Nottaは自社サイトのブログで、会議の種類ごとに認識率を分けて書いています。 整然と発言するフォーマルな会議は「認識率90%以上」、 軽いミーティングや打合せなどは「認識率50%~80%程度」。
同じツールで、90%以上と50%が同じページに並んでいます。 差をつくっているのはツールではなく、会議の話され方です。
なお、この数字がどう測られたのか(音声の本数、長さ、話者数、誤りの数え方)は ページに書かれていません。測定方法の記載がない数字として扱ってください。 私はこの数字を検証していません。
ここから先が本題です。何が90%と50%を分けるのか。
1. マイクと口の距離
最も具体的な数字を出しているのはRimo Voiceです。公式ガイドにこうあります。
口元にマイクを近づけて(理想10cm以内)
Google Cloud Speech-to-Textのドキュメントも同じことを言っていますが、距離は数字で示していません。
position the microphone as close to the user as possible, particularly when background noise is present
(雑音があるときは特に、マイクを話者にできるだけ近づけること)
ここで一つ、ややこしい点があります。 Rimo Voiceは同じ公式ガイドの別ページで、会議用のマイクスピーカーを規模別に推奨しており、 そこには集音範囲として最大3m(2〜5名向け)、**約5m(6〜15名向け)**という数字が並んでいます。
つまり同じベンダーが、理想は10cm以内と書きながら、 現実の会議には3〜5mを集音する機材を勧めているわけです。 矛盾というより、「理想に届かない分を機材で埋める」という構造だと読むのが自然です。 ただし、机の中央に置いたマイクスピーカーで10cmの条件がどれだけ再現できるのかは、 公式ページからは分かりません。ここは未確認です。
実務的に効いてくるのは、たぶんこの一点です。 ノートPCの内蔵マイクで、机の向こう側の発言を拾おうとしている限り、 どのツールを選んでも条件は同じということ。 ツールを乗り換える前に、マイクを口元に寄せるほうが効く可能性があります。
2. 同時発話
Rimo Voiceは精度を高めるポイントとして「一人ひとり話す(声がかぶらない)」を挙げています。
Google Cloud Speech-to-Textのドキュメントは、もう少し踏み込んだ書き方をしています。
Multiple people talking at the same time, or at different volumes may be interpreted as background noise
(複数の人が同時に、あるいは異なる音量で話すと、雑音として解釈されることがある)
「精度が落ちる」ではなく「雑音として解釈される」です。 かぶった部分が聞き取りにくくなるのではなく、 声として扱われないことがある、と読めます。
Googleは対処法も書いていて、話者ごとにチャンネルが分かれているなら チャンネルを分けて送れ、としています。
If you are capturing audio from more than one person, and each person is recorded on a separate channel, send each channel separately
Amazon Transcribeにも同じ趣旨の機能があり、 1チャンネルに複数話者が入っている場合は話者分離(diarization)、 2チャンネルに分かれている場合はチャンネル識別(channel identification)を使う、と整理されています。 ただしAmazon Transcribeが対応するのは単一チャンネルと2チャンネルまでで、 3チャンネル以上は「not currently supported」と明記されています。
先ほどのNottaの「フォーマルな会議は90%以上、軽い打合せは50〜80%」という差は、 この同時発話でかなりの部分が説明できそうです。 これは私の解釈であって、Nottaがそう説明しているわけではありません。
3. 録音のファイル形式
ここは各社の記述が珍しくきれいに一致します。非可逆圧縮を避けろ、です。
Google Cloud Speech-to-Text:
Use a lossless codec to record and transmit audio.
FLACorLINEAR16is recommended
そして避けるべきものとして mp3、mp4、m4a、mu-law、a-law などの
非可逆コーデックが名指しされています。
帯域を節約せざるを得ない場合は AMR_WB、次に OGG_OPUS の順で、という優先順位まで書かれています。
Amazon Transcribe:
For best results, use a lossless format, such as FLAC or WAV with PCM 16-bit encoding.
Nottaも自社ブログで、MP3より非圧縮のWAVを勧めています。
問題は、スマホのボイスメモやWeb会議ツールの録画が、たいていmp3やm4aで出てくることです。 Nottaの無料プランで1時間9分の音声をインポートした記録でも、 入力はYouTubeのURLでした。当然ながら可逆形式ではありません。
普段の録音がこの推奨から外れていること自体は、避けようがない場面も多いはずです。 ただ、「推奨から外れた条件で録った音声で測った精度」を、 ツールの実力として比べているという自覚は要ると思います。
4. サンプリングレート
Google Cloud Speech-to-Textは16,000 Hz以上を求めています。
Capture audio with a sampling rate of 16,000 Hz or higher
Amazon Transcribeの記述はもう少し具体的です。 電話録音のような低品質音声は典型的に8,000 Hz、 高品質音声については16,000 Hzから48,000 Hzまでに対応する、とあります。
両社が共通して書いているのは、元の音声を無理にリサンプリングするなということです。 Googleは、電話音声のようにネイティブが8,000 Hzのものは そのまま送れ、と明示しています。 低い音源を16,000 Hzに変換しても情報は増えないので、これは理屈も通ります。
5. ノイズ処理──ここは各社で言っていることが違う
ここだけは、公式同士が食い違っています。断定を避けて両方載せます。
Google Cloud Speech-to-Textは、ノイズ低減処理を切れと書いています。 サービス側が雑音や背景の声を無視するよう設計されているので、 前処理を入れないほうが結果が良い、という趣旨です。 同時に、過度な雑音や反響は精度を下げるとも書かれています。
Excessive background noise and echoes may reduce accuracy, especially if a lossy codec is also used
一方Rimo Voiceは、推奨マイクスピーカーの説明で 「ノイズリダクション機能搭載」を評価する側の要素として挙げています。
これは矛盾ではなく、対象が違うと読むのが妥当でしょう。 Googleが切れと言っているのはソフトウェア側の後付けの前処理で、 Rimoが評価しているのは集音機材側の設計、という区別はありえます。 ただし、そう書いてあるわけではありません。どちらが正しいかは、この記事では決められません。
自分のツールで前処理をどうすべきかは、そのツールの公式ドキュメントに従ってください。 Google Cloudの指示をNottaやRimo Voiceに一般化するのは誤りです。 中で動いている音声認識エンジンが同じである保証はありません。
6. 専門用語と固有名詞
音声が完璧でも、社名・製品名・専門用語は落ちます。 これに対する各社の答えは、ほぼ全社共通で「事前に登録させる」です。
- Rimo Voice:公式ガイドに「専門用語や固有名詞を事前に登録」とあり、 法人プランのみと書かれています(2026年8月27日時点)。
- Notta:単語登録機能で、専門用語・固有名詞・一般的でない語を追加できるとしています。
- OpenAI:APIでは
promptパラメータに用語を渡します。 ただし旧モデルwhisper-1のプロンプトには 224トークンの上限があり、 推奨モデルより制御が効かないと明記されています。
ここは料金と直結します。 辞書機能がプラン依存なら、**「精度が足りない」の一部は「プランが足りない」**でもあるわけです。 価格側の整理はAI文字起こしツールの料金比較に書きました。
7. 言語の指定
OpenAIのドキュメントは、入力言語が分かっているなら明示的に指定するよう書いています。 Whisperは98言語に対応するが精度は言語によって異なる、という記述もあります。
日本語の会議に日本語話者しかいないなら、自動判定に任せる理由はあまりありません。 英単語や固有名詞が混ざる会議で自動判定がどう振る舞うかは、 公式ドキュメントからは読み取れませんでした。
なお、ファイルサイズについては、OpenAIのTranscriptions APIは25 MBまでで、 それを超える録音は圧縮するか25 MB以下に分割せよ、とあります。 ここは可逆形式の推奨と正面からぶつかります。 FLACやWAVで長時間録れば25 MBはすぐ超えるので、 「可逆形式で送る」と「1ファイル25 MB以下」は、長い会議では両立しません。 どちらを取るかは分割するかどうかの判断になります。
この記事で確認していないこと
- 精度を実測していません。 この記事は各社の公式ドキュメントに 「何が精度を左右するか」としてどう書かれているかを整理したものです。 同じ音声を複数ツールに入れて誤り率を数える作業は、まだしていません。 したがって、ここに出てくるどのツールについても「精度が高い/低い」は書いていません。
- 各要因の効き方の大小は分かりません。 マイクの距離と録音形式の どちらが結果を大きく動かすのか、公式ドキュメントは順位をつけていませんし、 私も測っていません。この記事の並び順は重要度順ではありません。
- Nottaの90%/50〜80%という数字を検証していません。 測定方法の記載もありません。
- Notta公式ヘルプセンターの精度関連ページは読めませんでした。 アクセスが拒否されたため、Nottaについては同社ブログの記述のみを使っています。 検索結果に断片は出てきましたが、ページ本体を確認できていないので採用しませんでした。
- Google・AWSのドキュメントは開発者向けのAPIについての記述であり、 NottaやRimo Voiceのような完成品サービスにそのまま当てはまる保証はありません。 内部でどのエンジンが動いているかは公表されていません。
- Vrew、Whisperをローカルで動かす場合、Web会議ツール内蔵の文字起こしは扱っていません。
まとめ
- 精度は「ツール名」より手前の条件で大きく動く。それはベンダー自身が公式に書いている
- Nottaは自社ブログで、フォーマルな会議90%以上・軽い打合せ50〜80%と、同じツールで2倍近い幅を示している(測定方法の記載はなし)
- マイクは口元へ。Rimo Voiceは理想10cm以内と明記
- 同時発話は、精度が落ちるのではなく雑音として解釈されうる(Google)
- 録音は非可逆圧縮を避ける。FLAC / WAV(PCM 16bit) が各社共通の推奨
- サンプリングレートは16,000 Hz以上。ただし元が低いものを変換して増やしても意味はない
- ノイズ低減の扱いは公式同士で食い違う。自分のツールの公式に従うのが安全
- 専門用語の辞書登録はプランに紐づくことがある(Rimo Voiceは法人プランのみ)
比較記事を読むときは、順位そのものより 「どんな音声で測ったか」が書いてあるかどうかを先に見てください。 書いていない比較は、ツールの順位ではなく音源の順位を見ているだけかもしれません。
このサイトでも、同じ音声を複数ツールに入れる実測はまだできていません。 できていないことを、できたように書かないために、この記事は条件の整理までで止めています。